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12月

川島永嗣 引退

◆バンディエラの引退を胸に【川崎フロンターレ】 「終わった後のロッカールームでも、「いやまだできるでしょ」って全員が口を揃えていう事、惜しまれながらの引退という決断できる状態にある中村憲剛という人間が素直に羨ましいです」 FW:アンデルソン・ロペス 川崎フロンターレ 0-2 北海道コンサドーレ札幌 「僕自身もすごく勇気がいりましたし、受け入れる側は急に言われたと思うので、その時間を申し訳ないなと思いつつ、みんなが良い言葉をかけてくれて、僕自身も伝えたいことを伝えられたので、面と向かって言えてよかったなと思います」 「ただ、逆に僕自身はギリギリで話はしたくなかったですし、プレーできる状態でこの形で引退を発表したかったので、この後まだまだリーグは続きますし、リーグで上位に入れば天皇杯もあるので、皆さんと等々力でもアウェイでも戦えることを楽しみにしています」 「3時から会見って出ていたので、そうかなと思っていました。ウォーミングアップの時に、憲剛さんに「まさか。お疲れ様でした」って言ったら、「えって」なって。(試合が)終わったらLINEが来てました」 2020年11月3日(火) ──フロンターレのサポーターへ一言 ★予想スタメン[4-3-3] 先制後も良い守備を見せる札幌は65分、田中へのパスを荒野がハーフウェイライン付近で奪うとショートカウンター。アンデルソン・ロペスが持ち込むと、左のドウグラス・ヴィエイラへ。そのドウグラス・ヴィエイラが折り返すと、ファーサイドに走り込んだ荒野が流し込み、札幌がリードを2点に広げる。 「お疲れ様とは言いたくない」中村憲剛の現役引退に元チームメイトの川島永嗣が言及「仲間として凄く誇らしい辞め方」 2020.11.09 22:45 mon ©︎j.league. ★予想スタメン[3-4-2-1] 「そういう意味では、切った時はそういう風に思わなかったですが、リハビリを重ねて、トレーニングに戻って、試合に戻っていくうちに、どんどんそういう自分でありたいというか、それを期待している自分がいたので、それを今日話す前の昨日の試合で見せられたのはすごく嬉しく思っていますし、周りのみんなに改めて感謝しかないなと痛感する1年となりました」 すぐに親しい記者と連絡を取って情報交換をした。選手の海外移籍――例えば田中碧にオファーが来ていた――ならスポーツ紙が報じていただろうし、クラブはリリースを出すのが常で会見まではやらない。 「鬼木監督に話をしたのが先週の話で、そこから色々なことが動いたので、今回の会見も1日に設定してもらいました」 ──怪我をした瞬間、この1年後の姿は想像できたか 「直接話をしたら話せる自信がなかったので、手紙を渡してから上の2人に話しました。一番下の子は寝ていました。長男は小6で長女は小4なので、もう理解はしていましたし、凄く残念というか、寂しいという話はしましたが、しっかりと話をしました。今も理解も納得もしていないと思いますが、それを受け入れようと日々してくれているので、感謝しかないです」 「サポーターのみなさんにギリギリまで黙っていて、お別れの話をしてから試合がないというのは自分ではないなと思っていましたし、長くずっと一緒にやってきたスタッフもサポーターには話を告げてからプレーをする期間があってもいいのではと言われて、話をしたら鬼さんにも日にちはいつでも良いって言われましたし、強化部にもその話はしてもらいました。今日にしてもらいました」 「2003年に入団してから、2003年より前からサポーターの方もいらっしゃいますし、ここ2、3年でサポーターになった方もいると思います。そういう全ての皆さんの支えがあって、ここまで走ってこれました。感謝してもしきれません。ありがとうございました」 2003年に中央大学から川崎Fへ入団した中村から遅れること3年、鄭大世は2006年に朝鮮大学校から川崎Fへ入団。2010年にボーフムへと移籍するまで、4年半をチームメイトとして過ごし、多くのことを中村から学んだという。 ──引退を惜しむ声もあり、鬼木監督からも「引退を止めろ」と言われている。もう悔いはないか 終盤にかけての川崎Fが押し込む時間帯が続く中、札幌の集中した守備の前にゴールを奪えず。アディショナルタイムもゴールに迫るが、そのままスコアは動かず試合終了。川崎Fの連勝は「12」でストップ、札幌は対川崎F初勝利を挙げた。 時間が経過しても札幌ペースは変わらず。川崎Fは中盤でボールを保持できない展開が続くと、札幌は22分に左サイドから福森が早めのクロス。これに荒野が飛び込むと、流れたボールが枠に飛ぶも、GKチョン・ソンリョンがしっかりと弾き出す。 ──リーグ戦は9試合、天皇杯も2試合と戦う時間はあるが、この11試合が残った状態で発表した理由は 「最終的に判断したのは35歳を過ぎた時に、もともと30歳を過ぎた時に、選手としての終わり方、引退をどうするかを漠然と誰しもが考えることで、僕もそのうちの1人でした」 そしてリーグ戦で上位2位に入れば自動的に天皇杯の出場権を与えられ、準決勝でJ2とJ3の勝者との対戦が濃厚だ。これに勝てば元旦に国立での決勝戦ということになるが、今年の天皇杯は川崎Fに初戴冠の予感が漂う。 結果はすでにご存じの通り、中村は今シーズン限りでの現役引退を発表した。会見によると、すでに35歳の時から引退の時期を考えていたというが、情報化時代にあってメディアに一切漏れなかったのはチームメイトにすら直前まで伝えていなかったからだろう。それも憲剛なりの美学だったのかもしれない。 ──チームメイトにはいつ伝えたのか 日本代表のgk 川島永嗣 が、今シーズン限りでの現役引退を発表した川崎フロンターレのmf 中村憲剛 について語った。 fw鄭大世、リス … 「選手たちの前で話もさせてもらいましたが、みんなとサッカーできるのは最長でもあと2カ月なので、その時間をとにかく1日でも無駄にしたくないですし、楽しみたいです。みんなとタイトルを獲りたいので、引退はしますけどここから2カ月、競争は始まりますし、僕自身も試合に出続けたいので、みんなと切磋琢磨して、フロンターレが連勝を続けているのでそれに貢献するようにやるだけですし、タイトルを獲りたいという気持ちが今までで一番強いです」 「正直ホッとしているというか、いつかはこの言葉を言う日が来るんだろうと思っていましたし、それを色々な人に事前に伝えて、チームメイトには今日伝えて、今日皆さんにこのような形で話ができて、自分の中では凄く溜めているものがあったので、ホッとしているというか、スッキリしているというか、そういう気持ちです」 ――フランスでの外出禁止はどうでした? 比較的大変だったという印象です。, 「(筆者の住む)ドイツとかに比べたら厳しかったですけど、イタリア、スペインほどじゃないですけどね。ランニングオッケーだったし、健康目的の散歩とかそういうのはオッケー。許可証を持っていればですけど」, 「最初の頃は政府から送られてきたものをダウンロードしてプリントアウトしてたんですよ。そのうちに、紙じゃなくて携帯で入力してバーコードみたいの持ち歩けば大丈夫になったので、楽になりましたけどね。外に出るのはめんどくさかったですし、あまり外出自体したくなかったのでほぼ家にいました。たまに外に出ても、人が全くいなくてお店も開いてないし、もうほんと映画の中で廃墟を歩いてる感じでした」, 「生活の流れは普段とあまり変わりませんでした。トレーニングして、あとは家族と過ごすという感じで」, 「やっぱり、家族がいる人は救われたと思いますよ。一人暮らしの人は大変だったのかなと。トレーニングするのも、やっぱり自分で頑張らないと動き出せないじゃないですか。家族がいるとやる時間を決めて、メリハリをつけやすいかなと」, 「うーん、でも結構1人でやるほうが好きなんですよ。チームのビデオトレーニングだと、トレーニング器具をあまり持っていない人がいたり、ペースも合わせなきゃいけないし。自分は自分の環境で普段からやっていたのもありますし。, あと、僕はトレーニングもただコンディションを維持するだけとか、ただ追い込むだけとかいうのはできないタイプで、シーズンが再開するとか来季に向けてどういう目的をもってやるか、というのが必要なんです。そういう意味でも、個人でやってるほうが集中してやれるかなと」, 「“鹿島っぽさ”を大切に、サポーター目線のコンテンツを」 5Gマルチアングル観戦体験で見えたこと, いい顔に迫る資生堂クロストーク「ONE ON ONE」羽根田卓也(カヌー選手) × 吉岡里帆(女優), 「SHISEIDO presents 才色健美 with Number」 最新コラム(右代啓祐さん)公開中!, ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号6091713号)です。, 坂本勇人「あのときの長野さん、自分のことのように喜んでくれて…」塁上で感極まったワケ, 乾貴士が神トラップ&岡崎慎司に友情の平手打ち!? 立ち上がりから札幌の積極的な入りに川崎Fが押し込まれる展開に。それでも13分に細かいパスワークでサイドを変えると、最後は齋藤がカットインからシュート。チーム初シュートはGK菅野にセーブされる。 「自分がやっぱり泥水啜ってでも現役でやりたい、どっかのチームにこだわるというより自分を選手として評価してくれるところでやりたいという思うのは、やっぱり自分がずっといたチームがなくて、ワンクラブマンじゃないから」 連続失点で2点ビハインドとなった川崎Fは齋藤、ジェジエウ、レアンドロ・ダミアンに代えて中村、登里、宮代を投入。選手の並びを変えて反撃に出る。 突然の引退発表となった中、中村は引退についてコメント。川崎フロンターレクラブ特命大使の中西哲生氏の質問に応対した。 FW:旗手怜央、レアンドロ・ダミアン、齋藤学 「戻ってきて鬼さん(鬼木達監督)とも話しながら、徐々に試合のプレーする時間も増えて、昨日40歳の誕生日に試合で、自分が点を取って勝つという自分でも言葉にならないようなパワーが、ここで自分が引退するんだという強い気持ちがあったからこそ、ここまでの5年で色々なことが引き寄せられたと思いますし、自分だけでなく、周りのチームメイトもスタッフもそうですし、多くのサポートがあってのことです。そう言う意味では、色々なものが今シーズンの終わりに向かって集約されていっているイメージがあります」 まずは2分、ルーカス・フェルナンデスが横パスをカットすると、荒野とつなぎ、最後はボックス内でパスを受けたチャナティップがシュート。しかし、これはGKチョン・ソンリョンが止める。 1日、川崎Fの生き字引でもある中村憲剛が、今シーズン限りでの現役引退を発表した。その前日である10月31日には40歳のバースデーを迎え、FC東京との“多摩川クラシコ”で決勝バースデーゴール。整いすぎた舞台だった。 印刷. 「前のハットトリックの時も、憲剛さんのDAZNの映像を見てゴールを決められて。いつも僕のキャリアのそばには、やべっちFCもそうでしたが、中村憲剛という存在は常にそばにいました。心の拠り所じゃないけど、本当に苦しい時は憲剛さんにいつもLINEしているし。内田篤人もそういう存在だったんですけど。2人が今年引退してしまうという事で」 「30歳を過ぎた時に1回35まで頑張ろうと考えていました。35の時はちょうど風間さんが2012年に監督に就任してサッカー感が変わり、チームも右肩上がりで伸びながら、僕自身も伸びていたので、35でやめるという発想は、33、34の時にはなかったです」 ──初めて引退を発表した感想は ◆3連勝逃すも見せたメンタリティ【北海道コンサドーレ札幌】 試合後のメディア対応で鄭大世は、中村の引退についてコメント。川崎Fの発表で引退を予感したと言い、これまで自身の支えとなった中村へ感謝のコメントを送った。 一昨日はルヴァン杯準決勝で敗れたFC東京を一方的に攻め立て、スコアこそ2-1の僅差だったが力の差をまざまざと見せつけて完勝した。それから一夜が過ぎて突然の「重要会見」のメールである。 「引退するというこういう形、スタジアムの状況、練習場でファンサービスができない中で、最後の挨拶がなかなかできない可能性がある中で、引退の発表をさせていただくことを申し訳なく思っています」 「でも、終わりが今年で決まっていましたし、何としてもリハビリをしっかりやって戻って、戻るだけじゃなくて。復帰したエスパルス戦の後にも話させてもらいましたが、チームの勝利に貢献できるところまで頑張るという話をしていたので、昨日もそうですけど、前十字を切るっていうのはすごく難しいことで、色々な話を周りから聞いていました。逆にそれがモチベーションにもなりましたし、「中村憲剛やるじゃん」、「すげぇ」って思ってもらえるような形まで戻したかったというのが自分にもありました」 鄭大世は、新潟の一員として14時キックオフの明治安田生命J2リーグ第30節の東京ヴェルディ戦に先発出場。引退会見をリアルタイムでは聞けなかったものの、試合では0-1で迎えた36分に同点ゴールを記録。チームは2-2の引き分けに終わっていた。 中村の引退発表の影響もありチケットが完売となった等々力での一戦。しかし、試合の入りから主導権を握ったのはアグレッシブな入りを見せた札幌だった。 「他のクラブのサポーターの皆さんも僕がケガした時にたくさんコメントをいただいて、なんて自分は幸せ者なんだと改めて感じることができました。改めて感謝したいと思います。ありがとうございました」 かつて横浜にはフリューゲルスというチームが存在した。しかし1998年、遠藤保仁が加入した年に、出資会社の佐藤工業が経営不振に陥り、同じく出資会社の全日空も赤字でクラブを運営することができなくなった。そこで10月に、同じ横浜をホームにする横浜Mとの合併が決定した。 新型コロナの影響で、欧州5大リーグの1つに数えられるフランスリーグは中止を決めた。他国を見るとドイツ、スペインはすでに再開、イタリア、イングランドも間もなくその時を迎える。フランスでは一時的な活動自粛期間を経て、試合はないが練習は再開されており、オランダなどと同じ状況だ。, こうした流れの中で、川島永嗣がとても気になった。大丈夫だろうかというより、興味があったという意味のほうが近い。, 中断時点で、川島の'19-'20シーズンの出場はゼロだった。ベンチ入りの機会も少なく、リーグ戦27試合で1試合だけ。RCストラスブールはヨーロッパリーグ予選を1試合、リーグカップも2試合戦ったがベンチ入りはしなかった。, フランスカップは3試合中2試合でベンチに入ったが出場はなし。それでも、日本代表には再びコンスタントに招集されるようになり、欧州での挑戦を続けている。そんな彼が今何を考え、何を見据えているのか、その言葉に耳を傾けてみたいと思った。 川崎フロンターレ(1位/68pt) vs 北海道コンサドーレ札幌(13位/27pt) 「今日です。ミーティングを鬼さんに集めてもらって、全選手と全スタッフが集まって、そこで話をさせてもらいました」 「考えられないというか、誰かが何か操作しているんじゃないかっていう出来事が起きすぎて、正直自分でもビックリしていますし。こんなにこの年齢で起きるのか、起きていいのかと自分でも思うところです」 ──復帰の清水戦ではケガした左足でループシュート、昨日の名古屋戦も左足でゴールでした 鬼木監督が代表のスタッフに加わるという話は聞いたことがないし噂すらない。となると残る可能性は選手の引退だが、チーム最年長の中村はケガから復帰したばかりで昨日は決勝点を決めている。さりとて他に該当する選手は見当たらないので、やはり「憲剛に何かあったのかな」ということに落ち着き、クラブの公式You Tubeチャンネルでライブ配信される会見が始まるのを待った。 記録更新中の13連勝が懸かった試合、川崎Fはターンオーバーを敷いてくるだろう。バンディエラの想いを背負った若手たちがどのようなプレーを魅せるのか。ほぼ手中に収まっている優勝に向けて、さらに加速する川崎Fの戦いには注目だ。 「39という年齢で前十字を切って、そこからのリハビリを耐えて試合に戻るという前例がないものに対してのもともとモチベーション高かったですが、今シーズンで終わると決めていたので、1日でも早く戻りたいという気持ちが、より厳しいリハビリを耐える、等々力でみんなの前でプレーをすると言う目標が強くなりました」 「しっかりプレーで見せていきたいですし、昨日のようにみんなで喜べる等々力で最後まで戦いたいと思いますので、引き続き最後まで応援よろしくお願いいたします」 11月7日、ホーム三ツ沢の最終戦でリーグは終了した。残すは第78回天皇杯のみ。これに敗れればチームとしての活動は終わりクラブも消滅する。ところが3回戦からの登場では大塚製薬(現徳島)に4-2、甲府に3-0と勝ってベスト8に進出。 「まずはこのタイミングで、このような形で自分の引退を発表させてもらうということにビックリされたことは多いと思いますし、申し訳ないと思っています」 日本代表(samurai blue)のgk川島永嗣が11月9日、オーストリア・グラーツでのキャンプ開始を前に、オンラインによる取材に応じた。37歳の守護神は、川崎フロンターレと日本代表でチームメイトだった中村憲剛の現役引退について、自身の思いを語った。 「僕はフロンターレの人間ですが、Jリーグ大好きなので、感謝しかありません。フロンターレに育ててもらって、Jリーグに育ててもらって、日本サッカーのサポーターのみなさんに支えてもらって、応援してもらってここまでこれたので、今後とも日本サッカーの発展に貢献したいと思いますし、引き続き温かい目で見守って欲しいなと思います。ありがとうございました」, 首位・川崎Fの連勝が「12」でストップ!ミシャ采配的中の札幌が川崎F戦初白星《J1》, 【J1注目プレビュー|第26節:川崎Fvs札幌】バンディエラの引退を胸に13連勝&優勝へ突き進めるか, 「怒鳴られまくった」新潟FW鄭大世、リスペクトする中村憲剛の引退に「心の裏には常に中村憲剛がいます」, 【会見全文】「等々力には神様がいる」川崎F一筋で引退する中村憲剛が残した言葉「サポーターなしでは今の僕は100%いない」. 「サポーターの存在なしでは今の僕は100%いないと断言できます。それぐらいフロンターレのサポーターには後押しをし続けてもらったというか、ずっと支えられっぱなしだったので。入団して、初めて優勝できた時は、フロンターレのサポーターが日本一だと思っているので、そのみなさんに優勝をプレゼントできたのは、今でも一生忘れない思い出ですし、感謝しかないです」 すると、徹底的に潰されていた守田のサポートに田中が入るようになり、徐々に川崎Fがペースを握れるように。しかし、札幌のアグレッシブな守備の前に、いつものような流れるプレーを見せることができない。 14:00キックオフ ──残された試合で何をすべきが 日本代表(samurai blue)のgk川島永嗣が11月9日、オーストリア・グラーツでのキャンプ開始を前に、オンラインによる取材に応じた。37歳の守護神は、川崎フロンターレと日本代表でチームメイトだった中村憲剛の現役引退について、自身の思いを語った。


【文・六川亨】
1957年9月25日生まれ。当時、月刊だった「サッカーダイジェスト」の編集者としてこの世界に入り、隔週、週刊サッカーダイジェストの編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリーランスとして、Jリーグや日本代表をはじめ、W杯やユーロ、コパ・アメリカなど精力的に取材活動を行っている。日本サッカー暗黒の時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続けた
, 【明治安田生命J1リーグ第26節】 「ただ、それが強すぎてみんなの負担になりすぎてはいけないので、しっかりと声を掛けながら、自分の役割、立ち位置を考えながら、今までと同様にやっていきたいと思います」 彼に関するエピソードは多くのメディアが紹介しているので省くことにする。03年に当時J2の川崎Fに加入して18年、2000年代はJ1リーグもJリーグカップも最高成績が2位で「シルバーコレクター」とチームは揶揄されたこともあった。しかし17年にリーグ初優勝を果たすと翌年も連覇し、19年にはリーグカップも獲得した。 ──その他の選手や若い選手が聞いたのは
◆川崎Fを沈めた荒野拓馬のカウンター弾
「35の誕生日を迎えた時に妻と次は40まで。一般的には40歳を過ぎてまでやっているJリーガーはあまりいませんし、本当に一握りなので僕自身がどうなるかはわかりませんでしたが、40で区切りをつける。残り5年を、とにかく目の前の1年1年を勝負に頑張ろうとここまでやってきました」 「僕のキャリアは中村憲剛さんに怒鳴られ続けて1年目から始まりました。その記憶はずっと忘れなくて、今も下手くそだけど、あの時はもっと下手で、シュート以外、ゴールを取るっていう能力以外は、足元収まらないし、チームの助けになる能力がなかったです」 「コロナの状況でなかなかサポーターも無観客だったり、人数が制限されたり、声が出せなかったりという中で、引退してもいいのかという思いは、正直決めていたとはいえちょっとありました。自分の思いはそういうことではなく、今シーズンでみんなの前でしっかりやめるという気持ちは固まっていたので、そこに関しては申し訳なく思っています」 監督:鬼木達 後半も立ち上がりから良い展開を見せていた札幌は62分に先制。守田への横パスを駒井が奪いに行くと、投入されたばかりのアンデルソン・ロペスへスルーパス。谷口と競り合いながらもボックス内でシュートを放つと、ゴールへ吸い込まれ、札幌がついに先制する。 武藤嘉紀との“ロシアW杯組”3ショット写真も, 坂本勇人、3085安打・張本勲超えへ“必要3条件”は満たすが…最大の“不安要素”とは, 怪物・井上尚弥、“豪傑・パッキャオ”の域を目指し、次戦はWBO王者カシメロ? それとも…, 新世界王者・中谷潤人 恩師の死、中卒で渡米…日本人初の“世界6階級制覇”が狙える逸材, 坂本勇人「31歳で2000本安打」への道を拓いた“2009年の屈辱” 後輩にも教わり極めた右軸打法, 年俸「120円」の42歳Jリーガーが月20万円の個人スポンサーを断ったワケ 監督は「考え方が違うんだよなあ」, 高校球児のダルビッシュ&イチローとの歓喜、見たことある? 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「他で見たことない!」3つの表現法, <転身24年目>元SMAP森且行46歳、日本選手権初優勝 7年前に明かしていた「メンバーとの約束」, 神宮の珍事で嵐ファンと野球ファンが“場外乱闘”? 次々起こる“事件”経て、なぜか「アラフェス2020」観ることに, “奇跡のCS進出”ならず…それでもライオンズを陰で支えた西武鉄道の「野球ダイヤ」、特別な半年, 「ぶん殴られて痛いなんて未熟ですよ」プロ格闘家・青木真也が東大卒プロゲーマー・ときどにズバリ. 日本代表GK川島永嗣(37=ストラスブール)が9日、オンラインで取材に対応し、J1川崎在籍時のチームメートで今季限りの引退を表明している元日本代表MF中村憲剛(40)について言及した。 「前十字のリハビリをしている間に始まった今シーズンのフロンターレの成績。僕がいなくても後輩たちが成長して立派な成績を残しましたし、それを上から見て、頼もしさ、タフさを感じていました」 それでも札幌のプレスが徐々に甘くなってくると、ペトロヴィッチ監督は高嶺とチャナティップに代えてアンデルソン・ロペス、ドウグラス・オリヴェイラを投入。すると、一気に流れが変わる。 途中出場のパトリックのファーストプレーでやられたものの、最後まで粘り強く戦う姿勢を見せ、あわや同点というところまで迫ったメンタリティは評価すべきだ。 「川崎フロンターレ=中村憲剛という風になっているので、そこで引退を決断できることの素晴らしさは脱帽です。圧巻です」 3日、明治安田生命J1リーグ第26節の川崎フロンターレvs北海道コンサドーレ札幌が等々力陸上競技場で行われ、0-2で札幌が勝利を収めた。 DF:田中駿汰、キム・ミンテ、福森晃斗 「35で決めてから36でMVPをもらい、37で初優勝して、次の年は連覇して、去年はルヴァンカップ。本当に、終わりが決まったからこそというか、どんどんどんどんそれまでの苦労が嘘のようにタイトルが手に入って、自分の中で40で終わるという終着点というのが見えてきたところで、ルヴァンカップの去年優勝して、その2日後に誕生日が来て、その次の最初の試合で前十字(じん帯)を切りました。リミットを自分で決めた段階で前十字を切ったので、何としても復帰してなんとかみなさんにプレーを見せて、引退するんだと」 「正直できていないというか、こういう形でしたかったですけど、難しいだろうなと最初は思いました」   「全員全く同じリアクションだったんですけど、「えっ」って言う。「今じゃないでしょ」。「なんでっ」て。今のような説明をして、彼らと話をしながら、色々な話をして、人それぞれ、自分の想いは伝えられましたし、彼らも話を受け入れてはくれたので。本当にすごく、伝えるのが重いと言うか、みんなのリアクションが暖かく重かったので、体調崩しかけました」 MF:田中碧、守田英正、脇坂泰斗 2003年に中央大学から川崎Fに入団し、ここまで一筋でプレーを続けてきた中村。2004年にチームをJ2リーグ優勝に導くと、シルバーコレクターと言われ続けた2017年にはJ1初優勝。さらに2018年には連覇を達成するなど、チームを牽引した。2019年にはYBCルヴァンカップで初優勝し、今シーズンもJ1優勝に近づいている中での引退発表となった。 「みんなビックリしていたので、それに関しては本当にそれだけの話だと自分でも痛感しています。ただ、いつか言わなくてはいけない話なので、逆にギリギリになって言うよりも2カ月あるので、試合も残っていますし、しっかりやっていきたいと言う話を伝えました。残り2カ月なので」 DF:山根視来、山村和也、谷口彰悟、車屋紳太郎 2018年07月08日16時37分. ──奥さんには5年前に伝えていたとのことだが子供にはいつ伝えたか 「自分の活躍をこれからも見てもらいたいし、カテゴリは1つ下がっちゃいましたけど、こんな素晴らしいクラブでできているし、今日もJ2なのにこんなに多くのサポーターと一緒にできているので、今は幸せだし、久々に今日は点を決めて、スタメンで出て点を決めて、チームの主力で出られることの幸せを憲剛さんにも「テセ頑張っているな」と思って欲しいし。自分の心の裏には常に中村憲剛がいます。本当にお疲れ様でしたと言いたいです」, 川崎フロンターレの元日本代表MF中村憲剛(40)は1日、今シーズン限りでの現役引退を発表した。 荒野拓馬(後20), 11月1日、10時50分のことだった。川崎Fから「【重要】記者会見実施のお知らせ」というメールが届き、URLが添付されていた。 「僕自身はフロンターレの人間で、対戦するときは憎き中村憲剛だと思いますが、僕自身はJリーグに育ててもらいましたし、これだけ素晴らしく暖かいリーグというのは世界を見渡してもどこにもないと思うので、誇れることだと思います」 川崎Fの選手は誰もが憲剛と1日でも長く一緒にプレーしたいと願っていることだろう。それはリーグ戦にとどまらず、天皇杯に賭ける思いも憲剛と同じなのではないだろうか。まして天皇杯は唯一取り逃している国内タイトルだ。 前節はアウェイでのガンバ大阪戦で2-1と敗戦。3連勝はならなかった。 「エスパルス戦も昨日もそうですが、等々力には神様がいると思っていて、改めてそういう存在、スピリチュアルな話になりますが、感じざるを得ないというすごい話だなと自分のことですが信じられないです」 川島永嗣が語ったW杯、五輪、引退。 「人生って思った通りにはいかない」 posted 2020/06/18 11:40 「これからもツイッターのヘッダー写真は中村憲剛の最初の優勝から変える気もないし、自分のキャリアに凄まじい影響を与えた選手だったので、自分が成長したと思えた心の裏には中村憲剛さんの一言だったり、そういう言葉を添えられた時に、憲剛さんがああいうこと言っていたなと常に自分の先導者というか、宣教師だったと思います」 「今週の月曜日です。チームが休みの日でした。一番正直伝えるのが辛いと言うか、彼らのリアクションがわかっていたので、手紙を書いて妻と。それを2人に渡しました」 「それを乗り越えて試合に出られた時は、今までの中で一番の感覚でやり出せているのがあります。そういう意味では後輩たちには感謝しかないですし、自を使ってくれた鬼さんにも感謝しかないです」 互いに中2日で迎えたこの一戦。ホームの川崎FはFC東京との“多摩川クラシコ”で勝利を収め現在12連勝中。前節からはスタメンを4名変更。登里享平、田中碧、中村憲剛、三笘薫が外れ、車屋紳太郎、脇坂泰斗、旗手怜央齋藤学を起用。2日前に今シーズン限りでの現役引退を発表した中村はベンチスタートとなった。 札幌には戻らず、大阪で調整して中2日で臨む川崎F戦。この時期の川崎F戦といえば、昨年のルヴァンカップ決勝が思い出される。 「ずっと連戦だったので、ずっと過密日程の中でチームは走っていて、僕もリハビリが長かったですし、やっと戻ってこれて、名古屋戦にスタメンで出られてチームに貢献できたことで、選手としてちゃんと話ができる状態になったかんと。それと同時に2週間ぐらい空いたので、そこで鬼さんにちゃんと話そうと。話出したタイミングと周りの方のアドバイスを含めて、そして40歳を迎えた翌日ということで、このタイミングに決めさせてもらいました」 札幌は川崎Fのプレスを掻い潜りフリーマンを作って効果的に攻める。34分にはチャナティップのパスを右右サイドで受けた金子がクロス。これがゴール前の駒井に通るも、トラップが大きくなりシュートは打てない。 ──Jリーグの他クラブのサポーターやサッカーファンにもメッセージを MF:ルーカス・フェルナンデス、荒野拓馬、宮澤裕樹、白井康介 [等々力陸上競技場] MF:金子拓郎、ドウグラス・オリヴェイラ アンデルソン・ロペス(後17) GK:菅野孝憲 【札幌】 「自分にはそれができないけど、僕がずっと憲剛さんに言っていたのは、「憲剛さんより先には引退しません」とずっと言っていたので、その目標は達成できました」 「すぐボールを失うし、練習中から怒鳴られまくって、それがあったからとは言わないですが、そこから始まったキャリアで、キャリアの事あるごとに憲剛さんに話していたし、憲剛さんに相談してスッキリするし、次の試合結果出るし。今日もまさにそうで、昨日のゴールを見て」 川島 永嗣(かわしま えいじ、1983年 3月20日 - )は、埼玉県 与野市(現さいたま市 中央区)出身のプロサッカー選手。 リーグ・アン・rcストラスブール所属。 日本代表。ポジションはゴールキーパー

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